ここ数か月の間に海外のビットコイン業界では立て続けに大きなニュースがありました。しかもその大半はビットコイン、および暗号通貨業界全体にとってポジティブなものです。この数か月の間だけで、数百億円もの資金が関連ビジネスに投入され、既存の金融業界からの人材の流入、有名企業や国家も本格的にビットコイン、および基盤となるブロックチェーン技術の可能性の実証研究などを始めています。
今回、過去数か月間のビットコイン業界の人、金などの動きをまとめるだけでなく、日本国内の関連事業の現状と比較し、日本の世界における位置づけを考えてみたいと思います。
ビットコイン関連事業への巨額の投資
Circle
ビットコイン販売所のCircleは、今年4月にGoldman Sachs, IDG Capital PartnersなどのVC(Venture Capital)から60億円以上規模の資金調達を実施しました。Circleはクレジットカードで簡単にビットコインが購入できるだけでなく、ハッキングへの保障を始めたことでも注目された企業です。4月の巨額資金調達後、ビットコインの価格変動に影響されずにドル建てでも世界中ほぼ無料で安全に送金できる機能追加の発表もしています。ビットコインにこだわらず、世界中どこでも簡単に速く安い送金が出来る社会を目指しているようです。調達金額もさることながら、Goldman Sachsがビットコイン関連事業に投資をしたということで話題になりました。
http://btcnews.jp/circle-raised-50m-dollars-on-series-c/
21.co
21.coは、今年3月に突如100億円以上の資金調達の実施を発表し、業界を驚かせました。投資者にはAndreessen Horowitzを含むベンチャーキャピタルに、Paypal共同創業者のPeter Thielなどの著名投資家も名を連ねました。
どんなサービスもしくはプロダクトを作っているかも詳細は正式に公表されておらず、ステルスで資金調達を行っていた21.coですが、先月スマホやIoTなどで誰でもマイニングが可能になるチップの開発を行っているという情報がリークされました。ビットコインのマイニングが生活のあらゆるところで行われ、誰しもがビットコインの採掘に関われる日が来るのかもしれません。
まだ多くは謎に包まれたプロジェクトですが、1億1600万ドルというビットコイン系スタートアップとして過去最大の資金調達を行った21.coの動向には依然注目が集まっています。
http://www.coindesk.com/21-record-116-million-funding-all-star-investors/
有名企業のブロックチェーン技術の研究・利用
UBS
UBSは、ロンドンにブロックチェーン技術の金融への応用を研究するためのラボを今年4月に開設しました。金融業界内部の技術者だけでなく、ビットコイン業界など外部からの専門家を招へいし、ブロックチェーンを使ってより効率的でコストの低い金融トランスアクションを模索していくということです。ちょうど2週間ほど前に研究の結果が一部公表され、UBSは主にブロックチェーンを使ったSmart Bond(ス
マート債権)に関する研究をしていることが明らかになりました。ブロックチェーンを使うことで、開発・運用コストを削減するだけでなく、完全自動の利子支払いシステムを構築したりすることが可能になります。
http://blogs.wsj.com/digits/2015/04/02/ubs-to-open-blockchain-research-lab-in-london/
http://www.ifrasia.com/bitcoin-technology-will-disrupt-derivatives-says-banker/21202956.article
NASDAQ
NASDAQは、ビットコインのブロックチェーンを利用したOpen Assetというプロトコルを使い、未公開株式・有価証券のブロックチェーン上での取引および決済の試験を始めることを発表しました。ビットコインと同様の性質を持つトークン(コイン)を発行し、それを特定の有価証券と紐づけることで、ブロックチェーン上にそれらのトークンの取引を記録することが可能になり、より高速な決済、より完全な監査、追跡などの実現が期待されます。Smart Property(スマート資産)とも呼ばれる様々な権利・資産のブロックチェーン上での記録、および取引を可能にする技術は証券市場などへ大きな影響を及ぼすと考えられています。つい数日前に、高セキュリティなビットコインAPIなどを提供するサンフランシスコに拠点を置くビットコインスタートアップChain.comとのパートナーシップも発表されました。また、NASDAQのCEOは、ブロックチェーン技術は取引市場だけでなく、広範な金融、経済を再定義するポテンシャルがあると発言し、ブロックチェーンのセキュリティー、コスト面などでの優位性を強調しています。ビットコイン系スタートアップも巻き込み、NASDAQはブロックチェーン業界の先頭を走っていくことになりそうです。
http://btcnews.jp/nasdaq-launched-blockchain-technology-initiative/
Barclays
つい先日UBSを追う形で、ロンドンに本拠を置くBarclaysがスウェーデンのビットコイン取引所とパートナーシップを結び、実証実験を行うことを発表しました。実験の詳細は明らかにはなっていませんが、ビットコインと既存金融の橋渡しになることを目指すといった発言がなされています。
http://www.coindesk.com/barclays-trials-bitcoin-tech-with-pilot-program/
他にもSamsungとIBMが、ブロックチェーンを利用したP2P契約(スマートコントラクト)とIoTへの応用などを共同で研究していることが発表されたりしています。
また、企業ではないですがMITメディアラボが今年4月にDigital Currency Initiative(デジタル通貨イニシアティブ)を発足し、ビットコインのコア開発の中立の研究の場を提供すると発表しました。ほどなくしてビットコイン財団からコア開発者が移籍し、MITがビットコインのコア開発・研究にとって重要な役割を果たすことになりそうです。
既存業界からの人材の流入
金融などの分野の著名人の暗号通貨業界への流入が加速しています。この3か月ほどの間だけでも、多くの有名人物、有能な人材がビットコインないし、ブロックチェーンというイノベーションにフルコミットしています。
Blythe Masters
JP Morgan出身のBlythe Mastersという有名な女性が、Digital Asset Holdings社のCEOに転身しました。元々クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)という金融商品の発明で有名な人物ですが、CDSは2008年のリーマンショックの一因にもなっていると言われているため、彼女の暗号通貨業界への転身は実は業界内部でも物議をかもすこともあります。(ビットコインの発明には、リーマンショックなどの金融業界の不祥事、特権などに対する強烈な問題意識がもとになっていると考えられるため)
ただし、Mastersほどの金融業界のエース級とも言える人物が暗号通貨業界に転身するというのは、ブロックチェーンのポテンシャル、金融業界への破壊力を物語っていると言えます。
Steve Wozniak
Woz(ウォズ)の名称でも知られるApple共同創業者のプロフィール説明は特にここでは必要ないでしょう。彼は4月にPlanet CapitalというビットコインATMスタートアップにアドバイザー兼ボードメンバーとして参画することが明らかになっています。
VISA創業者、Citibank CEO, 元米財務長官
ビットコイン支払いが可能なデビットカードやセキュリティーの高いWalletサービスなどを提供するXapo社は、今年5月にVISA創業者のHock氏、Citibank元CEOのReed氏、元米財務長官のSummers氏を顧問に迎え入れました。経歴を見るだけでもこれは明らかにオールスターとも言えるメンバーです。なお、Xapoは50億円程の資金調達をしているだけでなく、南米で人気のSNS「Taringo!」と提携したり今後も目が離せない企業の一つです。
https://bitcoinmagazine.com/20560/xapo-adds-visa-founder-former-citibank-ceo-advisory-board/
http://bitbitecoin.com/archives/2578
政府、国家プロジェクト
ホンジュラス政府のFactomを利用した土地権利記録の実験
ブロックチェーン技術の通貨以外の応用(ビットコイン2.0)の分野の著名なプロジェクトの一つにFactomがあります。ビットコインのブロックチェーン上に様々なデータのハッシュ値(暗号化されたデ
ータ)を記録することで、改ざん不能なデータの存在証明ができるだけでなく、ブロックチェーン上で記録の監査、追跡などを可能にします。Factomはブロックチェーン技術を利用し、権利や書類の証明を透明性の高い形で大量に低コストで実現することを目指しています。
ホンジュラスでは、腐敗や不正が横行し権利の記録(車のライセンスプレートなど権利登録一般の話)の仕組みが機能していない現実があるようです。今回のFactomとのパートナーシップで、政府役人などが不正に土地記録を書き換えたりすることが不可能になり、低コストで正確な権利登録、追跡システムが実現できる可能性があります。
http://www.coindesk.com/factom-land-registry-deal-honduran-government/
http://www.factom.jp/
ビットコインキャピタルのポジションを狙うマン島
マン島はビットコイン系企業に寛容なことで知られ、キャピタルゲイン税がないことなど税金面などでも企業は優遇されています。
さらに地元のビットコイン系企業の力を借りながら、自治体主導で企業の登録を独自ブロックチェーンで行う実験などを行っており、ビットコイン2.0の領域にも積極的です。
日本はどうか?
資金調達
bitFlyer
https://bitflyer.jp/pub/bitFlyer_20150128p0bz_jp.pdf
Zaif
http://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000001.000012906.html
btcbox
https://www.btcbox.co.jp/gonggao/195.html
bitFlyerは今年1月にリクルート、GMO系のVCから1億3千万円の第三者割当増資、Zaifは今年3月に日本テクノロジーベンチャーパートナーズCC投資事業組合から1億円の第三者割当増資、BtcBoxはJトラスト株式会社から2億円の第三者割当増資と資本業務提携を実施しています。
今のところビットコイン取引所・販売所限定ですが、国内でも1億円以上規模の資金調達を成功させる企業が出てきています。ただし、海外とは違い、Wallet、マイニング、基礎研究・開発、ビットコイン2.0など取引所以外の分野で相当額の資金調達を成功させた企業はまだありません。(少なくとも公には)
有名企業の関与
国内の有名企業で最もビットコインの受け入れに前向きなのは楽天でしょう。3月に東京で開催された楽天金融カンファレンスでも、ビットコインというテーマに相当の時間を割き、ビットコインおよびブロックチェーンへの好意的な姿勢を見せました。また、米国法人限定ではありますが、ビットコインの支払い手段としての受け入れを始め、日本での受け入れも次第に始める予定だと語っています。
しかし、VCなどによるビットコイン企業への投資を除くと、楽天の他にビットコインの受け入れ、ブロックチェーン技術の研究・実験などに積極的に着手している有名企業はほとんどありません。ビットコインやブロックチェーンに注目をしていたり、興味のある企業は増えていますが、まだ具体的なアクションは起こせていないようです。
Goldman Sachs, Barclays, UBSなど海外の著名金融企業が活発に実証実験や投資などを始めているのに比べ、国内の銀行、金融業界でビットコイン関連の大きな動きは見られません。
既存業界からの人材の流入
国内でも金融やゲーム業界などから暗号通貨の領域に移ってくる技術者、ビジネスマンは少なからずいます。
ただし、アメリカなどのように既存業界などからトップレベルの人材や著名人が毎日のように移ってくる状況とはまだまだほど遠いです。また、海外はフルタイムでビットコイン関連の事業に取り組む技術者が多いことに比べ、国内ではビットコイン以外の本業とは別にパートタイム的にビットコインについて調べたり、開発をしている人たちが多い気がします。
企業やメディアからの注目が増える一方、国内の暗号通貨を理解する技術者、起業家などは不足しているというのが個人的な印象です。
政府、国家プロジェクト
日本政府は、「ビットコインは価値記録という新しい領域に分類され、通貨ではない」という認識を発表し、アメリカ(特にNY州)などと比べて寛容な姿勢を示しました。ただし、政府が主導する研究、もしくは実証実験プロジェクトのようなものは現在ありません。
これは日本のように銀行や支払いのインフラが整っている国には、ホンジュラスなどの発展途上国ほどの現実的なニーズがないことも一因としてあげられます。ただし、日本は2020年にオリンピックを控え、海外からの観光客向けのペイメントシステムの構築が大きな課題としてあげられているため、今後国家プロジェクトとしてブロックチェーン技術の研究が始まる可能性は大いにあります。
http://jada-web.jp/?page_id=221
日本は最先端から二年程遅れている
上記で比較した通り、海外、特にアメリカと比較して日本は遅れているのは明らかです。それでは、具体的に日本はアメリカよりどれくらい遅れているのでしょうか?
アメリカで最も有名なビットコイン系のスタートアップにCoinbaseとBitpayがあります。
Coinbaseはビットコインの販売所としてスタートし、現在は店舗向けの決済や開発者向けのツールを提
供する総合プラットフォームです。Coinbaseは2013年の5月にシリーズAでUnion Square Venturesなどから5億円以上の資金調達を実施しました。
同じく老舗のビットコイン決済業者Bitpayは2013年1月にシードラウンドで6000万円相当(現在レート)、同年5月にFounders Fundから2億円以上の増資を成功させています。
取引所・ビットコイン決済中心のエコシステム、著名VCからの投資の始まり・・・。CoinbaseやBitpayのケースなど、これはアメリカではちょうど2年程前に通過した地点であり、日本が今まさに体験しているフェーズです。今後もし日本がアメリカの足跡をたどっていくとすれば、これから取引所以外の多様な事業が興され、ビットコインやブロックチェーン関連事業に投入される人や金も自然と桁が増えていくでしょう。参考ですが、Bitpayは一年後の2014年5月に36億円、Coinbaseは今年1月に90億円程度の資金調達を実施しています。
http://www.wsj.com/articles/coinbase-raises-75-million-in-funding-round-1421762403
http://www.bizjournals.com/atlanta/blog/atlantech/2013/01/bitcoin-payments-processor-bitpay.html
まとめ
アメリカを中心に多額の資金がビットコイン関連事業者に投入されるだけでなく、優秀な人材の流入、有名企業や政府などの積極的な研究や受け入れなど、暗号通貨業界の成長のスピードはここ数か月でさらに加速していると言えます。
日本はまだまだ2年程最先端から遅れていますが、国内でも今後ビットコイン関連ベンチャー企業の数が増え、ビジネス領域も広がっていくでしょう。同時に、有名企業の受け入れ、VC・投資家からの資金注入額は増えていくことはほぼ間違いありません。実際に筆者個人の肌感覚でもビットコインやブロックチェーンに関する興味は一般の企業の間でも高まっているのを感じます。
2年の遅れを埋めるのは並大抵のことではないですし、この瞬間もシリコンバレーを中心に新しい技術、ビジネスモデルが日々生み出されています。日本もMt.Goxの亡霊から早く解放され、インターネット以来の革命とも言われるブロックチェーン技術に本腰を入れていく必要があるのではないでしょうか。ブロックチェーン技術のポテンシャルを議論したり様子を伺うフェーズはとっくに終わり、海外ではビットコインなんてもう当たり前になってきているのですから。
寄稿者プロフィール
東 晃慈
ビットコイン、ブロックチェーンのポテンシャルに魅せられ、2014年9月よりフルタイムで国内外のビットコイン関連のプロジェクトに参加。暗号トークン経済の実現を目指すIndieSquare, ゲーム経済とブロックチェーンを融合させた初めてのゲームSpells of Genesisなど。
同時にビットコイン、ブロックチェーンに関する最新情報、解説をブログ「ビットコインを語ろう2.0」で発信中。専門はビットコイン2.0(ブロックチェーンの通貨以外の分野への応用)
質問、相談、依頼などはcoinandpeace@gmail.comまで。